イブは夜明けに微笑んで

 本を開いてから数ページ読んで、お、この本は面白くなりそうだと感じる瞬間に久しぶりに出会いました。
 何がそうさせているのかは分かりませんが、とにかく雰囲気が良い作品だと思います。
 冒頭のカインツとイブマリーが約束を交わすシーンは、この本と類似したテーマを扱っている作品のシーンを踏襲したものだったし、片方が有名になり、片方が誰にも知られずにいなくなってしまうという展開もセオリー通りのものでした。しかし、それでも飽きることなく、最後まで楽しめたのは、この作品独特の雰囲気のおかげだと思います。
 終盤に戦闘がありましたが、派手にドンパチやりあう場面を描くよりも、それぞれに『約束』を果たそうと戦っているキャラたちの心情を書いているためか、物語の雰囲気が損なわれることはありませんでした。
 クルーエルはネイトの傍にいることを約束し、見事にそれを果たしてみせました。ネイトもクルーエルと交わした約束を守るために、今まで一度も成功したことのなかった偉業に挑戦しましたし、虹色名詠士として名声を得たカインツすらも、イブマリーとの約束を果たすために自分の殻を破ってみせました。ラストも安易な終わらせ方ではなかったですし、本当に綺麗にまとまった作品だと思います。
 ただ、残念な点を挙げるとすれば、名詠式について説明が足りなかったということでしょうか。ヒドラが凄いんだ、やばいんだと言われても、あんまり緊迫感がなかったですし、クルーエルが自分の将来のことで悩んでいるシーンがありましたが、名詠式が今後、彼女たちの生活にどう関わってくるのか分からなかったのが残念でした。まあ、それを補うだけのものがあったから良いですけれど、次が出るとしたら、もう少し名詠式について説明して欲しいです。
 最近の富士見ファンタジア文庫は、大賞や準入選よりも佳作の方が生き残る率が高い気がするので、頑張って欲しいと思います。